Living Loving Leuven

溜池や ナマズ飛び込む 水の音

ルーヴェン滞在記

 このブログは2021年4月から2022年3月まで、ベルギーのルーヴェン(Leuven)という小さな街で暮らした記録です。ルーヴェンには、ルーヴェンカソリック大学(KU Leuven)があり、日本からも多くの研究者が訪問・滞在しているはずですが、日本語での情報がほとんどなかったので、私のほうで記録しておこうと思います。コロナ渦のなかでの滞在になりますので、やや特殊な生活になりますが、参考になれば幸いです。途中で更新が止まったらごめんなさい。

大学のロゴ入りフーディー

 昨日は、友人Aと大学のショップ(生協みたいなもの?)にお買い物へに行きました。お揃いの大学のロゴ入りフーディーを購入。そろそろ寒くなるので、ちょうどよかった。
www.kuleuven.be
 こっちにきてビックリしたんですが、KU Leuvenの学生は大学のロゴ入りグッズを普段使いすることがとっても多いです。わざわざショップでエコバッグを買って、通学用にしたり。フーディーを買う学生もそこそこいました。
 日本では、大学生が自校のグッズを買うのは、よっぽど愛校心がある場合でしょうね。私は学部、修士課程は私立の有名大学に通ってましたが、ロゴ入りグッズを買うのは、構内を見学に来た受験生の親か観光客ぐらいのものでした。ロゴ入りの瓦煎餅は、私の地元のお店が作ってたので買ったことはあるかな。博士課程で通った貧乏公立大学に対しては、とても愛着があったのでボールペンや封筒は愛用していた記憶があります。でも、ロゴ入りの服を、自分の大学で着る発想はなかった! しかもお揃い?! そんなの何十年ぶりの…… 
 というわけで、私は今日は、ロゴ入りフーディーを来て、研究室で論文を書いております。背中にPh.D.と書いてあって、最初は「私はここの博士課程の院生じゃないし」と遠慮しかけたんですが、サイズもちょうどよかったし、間違いなくPh.D.は持ってるので「まあいいか」と思いました。お値段そこそこしましたが、裏起毛で、着心地良くてよかったです。よく考えたら、私はオタクなので、アニメやゲームのキャラグッズは迷わず買うので、その類かもですね。
 そして、ロゴ入りの赤ちゃん用のシャツや帽子もあったので、思わず弟の子どものために買ってしまいました。いつ渡せるかわからないので、大きいサイズにしておきました。IDがあるので全品1割引でちょっと得した気分に。
 お買い物のあとは、近所のカフェでお茶。ここが私はルーヴェンでは一番好きかもしれません。ハーブティーの種類がたくさんあって、コーヒーの豆もこだわりがありそう。
specialtycompany.eu
 しかし、今日も人と会う約束があり、夜はライトフェスティバルを見に行く予定で、来週は別のスタッフたちとランチの予定もあり、なんやかんや毎日やることは多そうです。

研究室で作業

 流浪の図書館生活から、研究室に移動できました。よかった、よかった。私は本に囲まれるのが好きなんで、図書館もよかったのですが、学部生たちがキャンパスに戻ってきて、閲覧室でお菓子食べたり*1雑談したりするので、辟易としてきていたので……
 私は博士課程は貧乏公立大学にいて、個人の机はもらえなかったので、自分の席ができるのは大学院の修士課程以来です。そのおかげで、図書館だろうが自宅だろうが、どこででも集中して論文を書けるようになったのはよかったのですが、やっぱり「自分のスペース」があるのは嬉しいです。
 だけど、まだ部屋主は鍵だけくれて、同室したことがないのでソワソワ。最初は柱の影の小さい机を見て「お、ここが私の席か」と思ったら、広くて明るい窓の下の机を使っていいらしく……ほんとに?とまだ半信半疑です。私はどこででもいいのだけど……でも、今のこの席がずっと使えたらありがたいなあ。ヒーターのすぐそばだし。
 早速、Dille&Kamilleに行って、どうでもいいものを物色。
www.dille-kamille.be
 共同キッチンがあって、食器も自由に使っていいらしいのですが、私は自分のものを部屋に置いて、お気に入りのカップでお茶を飲みたいなあ、など。そういえば、博士課程時代は、共同のキッチンにみんな自分のカップを持ってきて、裏に名前を印字したテプラを貼ってました。懐かしい。お茶とかも、家から持ってこよう。ノンカフェインのインスタントコーヒーも飲もうかな……浮かれてますね、私!
 原稿を書かねばならんので、浮かれている場合ではないのですが。

*1:これは絶対にダメです。本に虫がつくとどうしようもないダメージが。

オンラインゼミ・研究室の鍵をもらう

 午前中は日本でOBとして参加しているオンラインゼミに出ていました。事情があり、かなり大変な状況の院生さんを、イレギュラーなかたちで研究室で受け入れることになりました。ゼミ前にはいろいろ心配なことがありましたが、オンラインではあるものの、ゆっくりと院生さんの考えなどを聞きながら、教員、OB、院生と議論するなかで、無事に一つの方向性が見えてきて、終了しました。ちょっとほっとする瞬間でした。
 大学院のゼミでは、稀に院生さんの人生の岐路のような場面に立ち会うことになります。こういう場合、「正解」になるような選択肢はないのですが、できるかぎり、ご本人が希望する道が見えてくるように周囲は努めます。私はOBの立場なのでそこまで気負うことはないですが、「指導教員」という看板は重いものだなあと改めて思いました。
 先日の語学学校の件では、教員は必ずしも経験が活きるものではなく、むしろ若く自信がないほうが、学生のニーズを満たすような指導ができるかもしれないと考えていました。でも、今日のような場面に立ち会うと、教員の積んできた経験と、覚悟と責任がものをいうのも目の当たりにします。やっぱりベテランには、新人にはない重みがあります。本当に教員の仕事は奥深い!
 午後は、大学でついに研究室の鍵をもらいました。私は客員研究員の立場で、本来ならば研究室はもらえません。ですが、親切な院生が私とオフィスをシェアしてくれることになりました。なんとありがたい……。本当に、私はベルギーにきて、人に恵まれているなあと思います。いろいろなことはあるけれども!
 研究室がもらえると、やっと研究科の一員になった気分も出てきます。そろそろ新しい論文の本腰を入れねばならず、がんばりたいところです。
 それから、週末にリエージュにいった記事を書きました。なんだかんだ、楽しんでもいるベルギー生活です。
namazu-2021.hatenablog.com

体調不良、そして復調

 先週前半は、日本の会社との仕事もあり、バタバタとしていました。語学学校の件なども追記。めっちゃ怖い人みたいなブログが続いて、ちょっと嫌だなあ。ゆるい感じのベルギー生活日記を書くつもりだったのですが……書くことで、自分の気持ちの整理にもなるので、お付き合いいただければ幸いです。
 「解決して、すっかり元気です」と書ければ良かったですが、現実はなかなかそうもいかないですね。仕事をしたり、リエージュに遊びにいったり(これはまた、アップする予定)、忙しくしているうちは元気なのですが、それが途切れるとガックリくるという繰り返しです。
 日曜日の午後からだんだんと調子が悪くなり、お腹をくだして寝込みました。昨日は一日、ベッドの中でした。腹痛と寒気の繰り返しで、なんだか嫌な感じだったのでおとなしく寝ていました。免疫が低下してなにかに感染したか、単にストレスなのかはわかりませんが、とりあえず休めば回復したのでよかったです。
 だいたい、大きなストレスがかかった場合、人間の心的反応は、三段階にわかれると言われています。

(1)急性期: 出来事の72時間から1週間以内に起きる。過度の緊張、情緒の揺れ、不眠など。逆に感情が止まり、その出来事がなかったように振る舞う場合もある。
(2)中期: 出来事から1ヶ月以内に起きる。起きた出来事から、自分を立て直そうと努力に努める。
(3)長期: 出来事から1ヶ月後にも強い悲嘆や怒りを感じる。

 だいたい、(2)までは健康な心的反応で、だいたい1ヶ月くらいは人間は鬱々と嫌な出来事に引きずられるもんだと考えていいかもしれません。(3)のように1ヶ月以上つらい状態が続くのが、セラピーなどの専門家の助けが必要な目安です。私はちょうど出来事から1週間は終え、しばらく一生懸命、自分の生活の立て直しをすることになりそうです。
 11月の頭にはバルセロナに行くつもりなので、そのへんまでには元気になっていればいいなあ、と思っています。

ワロン民俗博物館(Musee de la Vie wallone)

 リエージュのワロン民俗博物館を見学しました。これまで、フランドル地方一辺倒だったのですが、ずっと「ワロンとはなにか?」が気になっていました。ワロン地方はフランス語圏で言語紛争があったのは知っていましたが、どういった経緯で地域の独自性が発揮されるようになったのか謎でした。その謎を解く、一番良い施設がワロン民俗博物館です。ここは昔は、いわゆる郷土資料館のように民具や生活用品を展示していたらしいのですが、いまはワロンの人々の暮らす風土、歴史、文化などを総合的に学べる充実した博物館になっています。説明はフランス語中心ですが、英語のオーディオガイドが無料で借りれます。
 ワロン地域の人々が、アイデンティティを明確にして行ったのは19世紀のようです。当時、ドイツのように国家を民族共同体であり、その基盤は言語にあるという潮流があるなかで、フラマン語オランダ語)とワロン語(フランス語)を話す人たちの集合としてのベルギーは、やや特異な国家でした。さらに、ワロン地域の人々は、フランドル地域の人々がフラマン語の言語共同体のアイデンティティを持とうとするのに対抗的に、フランスではないフランス語話者として自分たちの地域のアイデンティティを確立させていきます。その旗印となったのが、黄色の地色に赤で印刷した雄鶏のマークです。f:id:namazu_2021:20211013231055p:plain
 そして、実はワロン地域はベルギーにおける近代化の発火点でもありました。ブドウを入れたカゴを背負った女性たちがシンボルとなるような農村に、陶器をはじめとした近代的な商品を生産する工場が建ちました。さらには、炭鉱ができることにより、あっという間にワロン地域はベルギーの経済の中心地となります。鉄道が走り、近代的な運河で貨物船が行き交うようになります。そのなかで、地域の人々は過酷な環境のなか、安い賃金で働かされて疲弊していきます。農民たちの生活は一変して、都市労働者のものに変わっていくのです。生活環境の悪化のなかで、社会主義に指示が集まるようにもなっていきます。そして、ワロン地域の社会運動が盛り上がって行ったのでした。
 その片鱗が見えるのが、ワロン地域の文学運動で印刷された冊子の表紙の版画です。社会主義といえば版画! 私は版画が好きなので眼福でした。
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 ワロン地域の社会運動は、第二次世界大戦後にも引き継がれ、1960年には大規模なストライキが行われた上、女性労働者たちの運動も激しくなり、その後のフェミニズムの躍進にも繋がったそうです。(博物館はここで歴史は終わってしましたが、他方、戦後は炭鉱業の衰退とともに、ワロン地域の経済は停滞するようになります。そして、フランドル地域の税収に依存して社会保障を得ているという批判が起きるようになります。両地域の対立・分裂の危機は21世紀に入る頃まで続きます)
 これまで、ワロン地域のイメージは、「美しい村」やディナン、ナミュールのような風光明媚な観光地のみでした。なにより、ルーヴェンからは乗り換えが必要だったり、車がないと不便だったりで、足を伸ばすのも億劫になりがち。でも、今回の民俗博物館でやっと、ワロン地域の歴史に少し触れることができて、俄然興味が湧いてきました。これから探索するのが楽しみです!

リエージュ(Province de Liège)散策

 よく晴れたので、鉄道でリエージュまで足を伸ばしました。ルーヴェンから直通で約30分。週末の切符を買えば12ユーロで往復できるので、近場の街になります。
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 Liege togetherと綴った、インスタなどで映えそうなオブジェですが、木が繁りすぎていて見えません。「気取らない街」というのが第一印象でした。リエージュ・ギユマン駅から、中心が今で歩いてみます。
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 とにかく明るくて眩しい秋のベルギー! リエージュの運河は、ゲントやブリュージュの中世の運河とは違い、深く広く、大型貨物船が通れるような近代的な作りです。
 私は今回は教会などはパスして、ワロン民俗博物館を堪能しました。ここもミュージアムパスが使えます。このパス、万能すぎるのでは……?
namazu-2021.hatenablog.com
 お昼の休憩ではアフリカ系の人たちのレストラン街をウロウロ。ランチタイムはしまっているお店も多かったのですが、街の人気のイタリアンレストランに空席があったので飛び込んでみました。とても親切なお姉さんに、「あのひとが飲んでるのを試したい」とお願いすると、スプリッツァーというカクテルでした。メニューは日替わり3種だったので、ローストビーフとパスタに。焼肉定食みたいなのが来ました。パスタには好きなだけ粉チーズをかけます。美味しいし、なんだか元気が出ました。
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 夕方に街をぶらぶら。リエージュワッフルにも挑戦したかったのですが、どこも行列で諦めました。楽しい街なので、また来たいなあと思いました。(どこに行っても私はそう思ってきる気がしますが笑)
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